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「第5回かつしか文学賞」受賞作品決定!

―舞台は葛飾。心に響く作品(はなし)が寄せられました―

『博志の一週間』
桜川 碧(さくらがわ みどり)さん
1950年生まれ
非営利団体職員・日本語学校講師
東京都葛飾区在住

【受賞の言葉】

このたびは素晴らしい賞をいただき、感謝に堪えません。
最近毎年のように知人の逝去が続いていることから、小説の創作を通して、生きるということを私なりに深めていきたいと考えたのが、応募の動機でした。
小説を書き上げて、強く心に刻まれたのが、いのちのいとおしさです。書きながら、イメージの世界で作中人物たちに、「生きるって、つらいこともあるけど、味わい深くて素敵なことだよね」と語りかける私がいました。
これからも精進して、仕事に創作に、励んでまいります。ありがとうございました。

【あらすじ】
生活困難者のための施設「めぐみ荘」で働く70歳の中島博志は、健康診断で内臓に腫瘍のようなものが見つかり、一週間後に精密検査を受けることになった。
その一週間の間、博志は自分の人生を振り返り、彼にとって大切な数人の人に会った。路上生活をしていた時の仲間である、元会社社長の河合さん、元流しの歌手山下さん。自由を求めてすべてを放棄した禅宗僧侶の宗閑さん。小料理屋の女将の和江さん。
また、めぐみ荘でも森村さんという入所者が病死する出来事があり、入所者やホームヘルパーさんとの交流の中で、生と死への思いが深まっていった。
精密検査を明日に控えた日、江戸川の土手で博志は一週間を振り返り、孫娘と電話で話をし、生きる意欲を確かめるのだった。



『佐山家の彼岸』

村本 大志(むらもと たいし)さん
1963年生まれ
映像演出家・大学非常勤講師
東京都世田谷区在住

【受賞の言葉】
この度は、私の作品を選んでいただき誠にありがとうございます。
青砥の町をあてもなく歩き回っていたら、この家族の話が自然と頭に浮かびました。気取りがなく、ごちゃごちゃした青砥を故郷に持つ人が羨ましいです。
冠婚葬祭にまつわる話は家族ならでは。そこで起きる揉め事こそ、家族が家族たる由縁だと思います。大好きになった『杉戸煎餅』は葛飾の味。それで小説内で登場人物にも食べてもらいました。

【あらすじ】
佐山家の人々は葛飾区青砥に住んでいるごく普通の庶民だ。この春に大事件が起きた。母の弥生がコロナウイルスに感染し急死したのだ。
以来、父の俊夫の様子がちょっと変だ。すっかり気落ちしたのか、日常に不自然な行動が目立つ。定年退職して仕事も無くなったのも重なった。
長男は嫁と地元の不動産屋に勤めているのだが頼りにならない。
妹二人が初めてのお彼岸で実家に戻ってきた。妹・聡子は夫・透の不倫に悩み、姉・恵子は不妊治療で結果が出ない。
法事の後の会席で、俊夫が家を売って、ひとりで北海道に移住すると言い出し、家族は大混乱になる。あわてる子ども達を尻目に、俊夫はこれからは「好きに生きる」と宣言した。そんな折り、長男の嫁の愛梨が身籠ったことが判明した。
一方、母の遺品を整理していて、弥生がYouTuberだったと知り、驚く娘達だったが、新しいことにチャレンジする姿に妙な感銘を受け、その形見に涙した。
俊夫は幸一郎と話し合って、移住への決意を伝える。それは父なりに子ども達を思っての独立宣言でもあった。家族は再び話し合い、父の背中を押すことになった。俊夫は改めて自分が築いた家族の尊さを噛み締める。そして、人生の晩秋を意義あるものにするために、青砥の町を後にする。
町には子ども達が残り、故郷・葛飾区に根を張った暮らしをしっかり守っている。
コロナ禍の下町に住む家族のちょっと喜劇的な『お彼岸の頃』の物語。


『瑛子さんの陽だまり』
木野 潤(きの じゅん)さん
1955年生まれ
パート職員
東京都練馬区在住

【受賞の言葉】
数年前に金町・柴又界隈を散策したとき、大変に庶民的でなんだか懐かしい雰囲気の残るエリアだという印象を受けました。そしてこの周辺を舞台にして、人生の厳しい試練や苦しみを乗り越えて、前向きに生きる人々の日常の断片を描いてみたいと思ったのが執筆のきっかけでした。作中、劇的なドラマがあるわけでもない地味な物語ですが、これに目を留めてくださった選考委員の方々に、心から感謝します。

【あらすじ】
自分の手落ちで3歳の娘を事故で亡くした過去を持つ山下瑛子さん(45歳)は、葛飾区金町に住む清掃関係のパート職員として働いている。そんなある日、なじみにしていた小料理屋「野菊」の芳江ママ(63歳)が脳梗塞で倒れ入院、姉のようなママが退院までの3カ月をめどに小料理屋も手伝うことになった。
早朝から清掃の仕事をこなし、小料理屋の女将も努めるという二本立ての非常に忙しい生活が始まる。そんな中で清掃スタッフの幸美さん(40歳)の結婚問題、近所のベーカリーに勤める瑠里ちゃん (21歳)の恋愛問題など、込み入った諸問題で積極的に相談を受けたり、関与し足たりして、解決に導いてやる。
一方で自身は「野菊」を訪れる大学で物理学を教えている布施教授(55歳)への自分の密かな恋心があり、ささやかな幸せを望んでいるが、3歳で死んだ娘のことを考えると自分を責めてしまう。
2019年の3月、金町を舞台にした瑛子さんを取り巻く人々と、瑛子さん自身の葛藤を描く。


『四日逃亡犯』
曽田 晃希(そた こうき)さん
1994年生まれ
フリーター
東京都葛飾区在住

【受賞の言葉】
この度は優秀賞を頂きありがとうございます!
2021年から小説を書き始め、かつしか文学賞は今回が初挑戦でした。自分が執筆した作品で賞を頂く経験をした事がなかったのでとても嬉しいです。
プロットを組む段階から「かつしか文学賞に送られて来なさそうな作品を応募しよう」と決めており、自分が住む堀切周辺を舞台にした、現段階での想像力の限界に挑む執筆となりました。
読者の皆様に新鮮な物語を届けられたら嬉しいです。

【あらすじ】
8年前に起きた殺人事件の容疑で指名手配されている逃亡犯・本田若丸は葛飾区の堀切菖蒲園駅で電車を降りた。逃亡の協力者である合沢信也と会うためである。彼とは自分に濡れ衣を着せた加山という男を追っていた。しかしその日、信也は現れなかった。翌日、信也の遺体が荒川で発見される。驚いた本田は信也の家に向かうが、そこで信也の娘・麻友と出会う。麻友は自分が信也を殺したという。そんな麻友は「四日間だけ協力してほしい」と潜伏場所を提供する代わりに本田に協力を乞う。本田は正体を隠し麻友と行動をすることに。麻友は四日後の30日を終えたら、「死ぬ」という。
その頃、葛飾警察署では信也殺しで特別捜査本部が立てられていた。現場で発見されたキーホルダーから被疑者に本田の名が挙がる。捜査に参加する森口涼子と見当たり捜査官の刈谷は本田と麻友の行方を追うことに。本田は森口たちの追跡を逃れながら合沢家で加山の居場所に繋がる手がかりを見つける。しかしその帰り道、徳井若丸という名の少年と出会う。彼は本田にナイフを向ける。徳井の事情を知った本田は彼を仲間にする事に。本田、麻友、徳井は三人で逃亡生活をなんとか続ける。しかし居場所を警察に特定され徳井とは別れることに。そして時は30日になり、麻友が三年ぶりの堀切菖蒲まつりを訪れる。ここの花菖蒲をどうしても見て死にたかったのだ。麻友の願いを果たした本田は麻友との別れの前に思い入れのある銭湯に向かうのだが…。

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【選考委員選評】

井上 幸一(いのうえ こういち) 東京新聞文化芸能部長

目立った「再生」の物語 人間ありのままを肯定

 

最終選考に残った12作品は、ストーリー展開の面白さで読ませるというより、苦悩を抱えた人々が、下町の人情に触れて、じんわり再生していく癒やしの物語が目立ちました。コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻など、決して明るくない世相の反映でしょうか。
大賞となった「博志の一週間」は、健康診断で内臓に影が見つかった70歳の男性が、精密検査を受けるまでの間、葛飾の友人たちに会い来し方を振り返ります。登場人物はみなダメな部分を抱えています。立川談志さんの落語のごとく、「人間、もともとダメなものなんだ」と、そのダメさをまるごと肯定してしまうことで、男性はありのままを受け入れようと考え始めます。漂う無常感の中に、浮かび上がった人間賛歌。演劇にすると、淡々とし過ぎてしまう懸念もありましたが、まずは文学として評価しようとの意見に同意しました。舞台でどう表現されるのか、制作陣の手腕に期待し、今から楽しみです。
大賞が「静」とすると、「瑛子さんの陽だまり」は「動」でしょうか。筆舌に尽くしがたい悲しみを抱えた瑛子さんが、同じように弱い立場の人たちを幸せにしていきます。ひたすら寄り添い続けるおせっかいな瑛子さんは、かつて取材で接した下町人間そのもの。時に涙する場面もあり、心を揺さぶられました。「佐山家の彼岸」は現代の家族が巧みに表現されており、「四日逃亡犯」からは読者を楽しませようとの強い思いを感じました。
入賞を逃した中には、会話のテンポ、ユーモアが秀逸なものや、ビジュアルが浮かんでくるものなど、舞台化を意識したことが想像できる作品もありました。文学としてはやや物足りなさもあり、惜しかったです。
初めて審査に参加させていただきましたが、「かつしか」のイメージ通り、心温まる作品が多かった印象です。ただ、文学の可能性は無限大。露悪的なものや、愚行の物語など、型にはまらない、あっと驚く文章も読んでみたいと思いました。

井上幸一プロフィール:
1966年、埼玉県生まれ。
早稲田大学教育学部卒業。
‘89年、中日新聞社入社。東海本社報道部(浜松市)、静岡総局などを経て、東京本社(東京新聞)放送芸能部。
社会部したまち支局で葛飾区などを担当し、水戸支局デスク、TOKYO発面デスク、したまち支局長を経て、‘21年から現職。



松久 淳(まつひさ あつし) 作家

読者の「いま」に寄り添う作品たち

残念ながら今回は「これぞ大賞!」という華のある作品がなかったのが正直なところです。ですが個人的には、「博志の一週間」「佐山家の彼岸」の2作が、とくに好きでした。
「博志の一週間」は、人生の終幕をどう迎えようと考え始めた世代(私です)には、とても響く内容だと思います。さらに本作がすばらしいのは、内容以上に主人公はじめ登場人物たちが、ほんの数行の描写や台詞で見事に描かれていること。それぞれの人生がすっと入ってきて、しかもすべてが心に響きます。
「佐山家の彼岸」は、まるで向田邦子先生のホームコメディを見るかのような、楽しい一編でした。説明くさいところはなく、楽しく読み進めてしまう。大賞向けの内容ではないかもしれませんが、私は大好きでした。
全5回の選考に関わらせていただいてますが、今回ほど、弱き人、貧しき人、もがく人を描いた作品が多かったことはありません。作品とは時代を反映するのだなと、改めて認識しました。
しかし、市井の人々の(当人には重大でも)ささやかなドラマばかりとも言え、全体的に「下町人情系」のこぢんまりとした作品ばかりだったな、という印象もあります。今後、より幅広いジャンルの作品が増えることを期待します。
苦言をひとつ。これは毎回申し上げているのですが、すばらしい作品も、選に漏れた作品もすべて、タイトルがいまいちすぎます。タイトルだけで惹かれる作品に出会いたいというのが正直なところです。
最後に。候補作にはなぜか毎回、ロケーションのブームがあるのですが(前々回は柴又、前回は立石)、今回はなぜかお花茶屋と青戸でした。いま葛飾のどの街が「きてる」のかを知られるのも、選考の楽しみのひとつです。

松久淳プロフィール:
1968年、葛飾区金町生まれ。
主な著書に、映画化もされた『天国の本屋』シリーズ、『ラブコメ』シリーズなど。
近刊に『もういっかい彼女』『走る奴なんて馬鹿だと思ってた』などがある。



山口 恵以子(やまぐち えいこ) 作家

人生の味わいに地味も派手もない

大賞の「博志の一週間」は選考委員が皆高評価をした作品だ。不運な人生を送ってきた貧しい人々を描きながら、そこに哀れさや恨みがましさは少しもない。主人公はじめ、どの登場人物にも奥行きと味わいがあり、作品全体に静謐と諦観の雰囲気が漂っている。それはひとえに作者の文章の力で、お見事というほかはない。
「佐山家の彼岸」は読みやすい文章で書かれた肩の凝らないホームドラマだが、ユーチューブやウクライナ戦争など、今の世相を巧みに取り入れている。等身大の登場人物の悲喜こもごもを読み進むうちに、誰の人生も複雑なのだと感じさせられた。
「瑛子さんのひだまり」は、不幸な過去を背負った女性が幸せをつかむまでを丁寧に描いた作品。懸命に自分の心を支え、前向きに生きる気持ちを取り戻してゆくヒロインに好感を抱いた。
実は私が優秀賞に押した作品は、作者が辞退してしまわれたので、次点として「四日逃亡犯」を推薦した。
無実の罪で八年間の逃亡生活を余儀なくされた主人公が、真相にたどり着く直前に唯一の協力者を殺され、その娘と共に逃避行を繰り広げる……。ここまで魅力的な設定を作りながら、途中でストーリーが破綻してしまい、すべてのエピソードが尻切れトンボで終わっている。正直、半径五十メートル以内の物語を書いた作品が大半を占める中、ダイナミックさでは群を抜いているだけに、もっと綿密にプロットを立てて、キチンと伏線を回収してほしかった。今回はあくまで作者の「可能性」に期待しての受賞、とご理解ください。
今回「博志の一週間」を大賞に選ぶにあたり、作品のあまりの地味さに「これ、舞台化したらどうなるの?」という不安があったが、松久さんの「小説として一番優れてている作品を大賞に選びましょう!」という一言に、背中を押された。
次回はスケールが大きくて華やかさのある作品が、もっとたくさん最終候補に残るように祈りたい。

山口恵以子プロフィール:
1958年、江戸川区生まれ。
早稲田大学文学部卒業。松竹シナリオ研究所研究科修了。
宝石店の派遣店員をしながら脚本・小説を書き続け、大手新聞販売所の社員食堂で働いていた2013年に『月下上海』が第二十回松本清張賞受賞。「食堂のおばちゃんが文学賞を取った」と話題になる。翌年、12年間勤務した食堂を退職し、専業作家に。テレビ・ラジオ出演もある。
著作『食堂のおばちゃん』シリーズ(ハルキ文庫)、『夜の塩』(徳間書店)、『婚活食堂』(PHP文芸文庫)、『ゆうれい居酒屋』(文春文庫)等、多数。2023年4月より『婚活食堂』テレビドラマ化。


【優秀賞ノミネート作品】※あいうえお順
「オバケPRIDE」
「オリオン座の怪事件」
「カゼノッテケ」
「かつしか 恋 和菓子店」 
「四角い窓に、ながれぼし」  
「出逢い」
「華とお花の物語」
「団子と漬物」
夕希 杲(ゆうき こう)作
山本 潤(やまもと じゅん)作
ヒダカ リュウ(ひだか りゅう)作
継田 恵美(つぎた えみ)作
高野 麻未(たかの まみ)作
亀野 あゆみ(かめの あゆみ)作
藤井 秀子(ふじい ひでこ)作
原口 賢治(はらぐち けんじ)作

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